2008.12.05 Fri
バカになって恋をしろ(40-14)
課長の質問は的確に僕の的に突き刺さった。中心点からは若干ずれてはいるけど、それでも深い部分で核心を刺激してくれる。
視線を合わせようとしないのではなくて、見れないんだ。態度はそれを隠そうとしてそうなってしまうだけで…主任に言えて課長に言えないのは…今こうして鼓動を速めている理由と比例している。そう答えようにも僕の口は動かない。今感じている課長の温かさが離れてゆくのを知っていて、どうして言えようか…。
「お前が言えないなら、俺が言ってやろうか? お前、俺の事好きだろう?」
「なっ?!」
振り返ろうとしても身動きが取れない状況でそれは叶わなかった。代わりに課長の含んだ笑いが耳元で響き渡った。
「何で知ってるかって? お前より十年近く長く生きてるんだ。色んな人間を見てきたからな、そのくらいはなんとなく空気で判る」
肩に乗せられた課長の顎がくすぐったい。でも、それ以上に自分の気持ちを知っていたと言う話に驚く僕は、震えだした気持ちを抑えるのに必死で、次に何を言われるのかビクビクしていた。
「お前はその中でも一番判り難いタイプだったな。嘘は簡単に見抜けたが、その裏に隠し持ってる気持ちまでは見せない。一時期は本当に嫌われてるんじゃないかと思ってた。まぁ、なんと言うか…いいように翻弄されたわけだ。この俺が」
食事に誘っても全て断る。近くによってみても何か仕事を見つけてすぐに離れてゆく。なのに、俺が誰かと仲良く話しているのを見るとソワソワしだす。それでまた構ってみようと声をかければ、冷たくあしらわれて終了だ。
ぽつりぽつりと落とされる言葉の端々には小さな笑いが含まれていた。思い出話をするように語り、最後にバツが二つもついたいいおっさんが本気でこいつをものにしようと頑張る姿は自分で見てても笑えたなと、自嘲を込めた笑い方をしていた。
「…あの、それは」
「先に言っておく。辞表を書いたら机に仕舞っておけ。俺がいいというまで誰にも辞める云々の話は言うなよ? それから、今日の会議で決まった事、アレはお前にしかできないと思ったから任せたんだ。自分の実力を自分で決めるな。ここまでだと思った時点で人間の成長は止まるもんだからな」
話が別の方向に飛んだ気もするけど、こういう場合人間は唐突に降って来た褒め殺しに驚いて、それから嬉しくて自然と笑みが零れるもの…だと思う。けど、僕は自然に曲線を描こうとする口元を直線のまま保とうとした。
課長はいつも笑顔で社内の人間に元気を与える。時に怒りもするけど、それは決まって理不尽な事が起きた時や、確実に当人も自分が悪い事をしたと思った時で、それ以外は殆どこの豪快且つ余裕の笑みで事を済ませる。
けれど、それと同じように人の事を滅多に褒めない人でもあった。飴と鞭の使い分けがはっきりしていると言うのか、はっきりしていないというのか…。よく出来た、よくやったなんてお決まりのセリフは絶対に言わない。僕が過去に褒められた経験を探そうとしてもこの数年間で一度か二度あるかないかで…。
「あ…ありがとうございます」
だから凄く嬉しかった。主任に褒められてもここまで喜びはしなかっただろう感情は、課長が言ってくれたから。
素直に感謝の気持ちが出てきたのは、その喜びが今までに無いぐらい大きなもので、それでひねくれた発言をする前に自然と出てきてしまったんだ。
「でも…、そこまで言うなら普通…引き止めたりしないんですか?」
喜びの方が大きくてその点に気がつくのが遅れてしまった僕は、不意に浮かび上がった疑問もまた素直に聞いていた。
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