バカになって恋をしろ(36)
姿が見えなくなると若干落ち着くこの胸の痛み。本当になんなんだ。主任様は関係ないはず…じゃないのか?
シャワーの音が聞こえてきた。主任様がそこに居るという音。
それを耳に入れながら、主任様の姿を何の気なしに思い浮かべるとまた痛みが走る。
考えないようにすれば落ち着く。また考えれば復活し、首を振って何か他の食い物とかを思い浮かべるとある程度は静まってくれる。
「あれ? なに? 原因は主任様?」
なぜに? ちょっと、もう一回始めから考えてみよう。
俺はこの変なスパイラルに陥る前までさかのぼってひとつひとつを整理しようとゆっくり頭の中を動かしてみた。
………。
あぁ、そうだ。そうだったんだ。
「なんだ、まだ起きてたのか」
風呂から上がってきた主任様。下は下着一枚、上はTシャツ一枚の姿でバスタオルを頭に被せ、手には脱いだスーツのパンツを持ってこちらを見ていた。
「なぁ…、今日さ俺…社長様に凄い褒められたんだ」
言おうと思ったこととは別の言葉が出てきてしまう。なんだろうか、思った事がすんなり言葉として出てきてくれない。だから違う話が始まってしまった。
「社長に…そうか」
片手で頭をふきながらクローゼットに向かう主任様の表情はここからでは分からない。背中しか見えなかったから。
パンツをさっき扉に掛けていた背広と一緒に吊るしてから、クローゼットの中に手を伸ばし寝巻き用のリネン地パンツを取り出し穿いて、タオルドライも終えて不要になったバスタオルは首に掛けて、キッチンに向かって冷蔵庫からミネラルウォーターを掴んで出てくる。
「でさ、でさ、俺さ、秘書にならないかって。凄くネ? 社長秘書。資格とかっていらないもんなんだな? つか、今まで社長秘書って誰がやってたんだ? 社長様っていつも一人でウロウロしてるよな? というか、社長様って実際何やってるんだろうな?」
「…よかったな」
こっちを見ている主任様の目が見れない。何故かと問われても…俺には分からない。
分かっているのは何で俺は聞きたい事じゃない事を色々べらべら喋っていて、止まれこの口!と心の中で叫んでいるのに、喋れば喋るほどこの胸が痛みを増してゆく事実。
本当は…主任様が何で俺を資料室に行かせたのか、その本来の目的と、実際俺ってチームに必要とされているのかって事と、それから…チームの危機って嘘なのか? って話。
社長様は知らないと言っていた。それが本当ならば、俺は課長様に騙されていた事になる。騙されて、仕事だからと言われて資料室に追いやられて、結果的にチームから三日間という期限付きだけれど、外された事になる。
外されるって事はつまり、必要が無いからで…。
社長様直々に持ってきた案件の進みが俺のせいで遅れる事を防ぐためなのか、仕事の邪魔ばかりして何の役にも立たない俺がいない事で、どれだけ仕事がスムーズに進むのかの検証も兼ねたお試し期間だったのか。
きっとそのへんで何かあって、今の状況になっているんだと思うけど。その真実が聞きたかった。
「…うん…まぁ、そう…、よかった」
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